* 未来の地球を思い出した|音叉で水を澄ませる理由

未来の地球を思い出した

あの部屋は、水が澄んでいる。
花瓶の水も濁らない。

庭の花を切って花瓶にさしても、
しおれていくこともなく、
外で咲いている花と同じように、静かに咲いていた。
挿し木にするつもりもなかった枝に、
いつのまにか根っこが生えていたこともある。



そんな小さな景色を見ているうちに、
あるとき、澄んだ水に光がきらきらと差し込む
美しい地球の景色が、ぱーっと広がった。

それは未来を想像したというより、
ふと昔のことを思い出したときのような景色だった。

そのとき、感じた。
地球に住む私たちのからだの水が澄んでいくと、
地球の水も、空気も、澄んでいく。



夕暮れの水辺の岩の上に、ふたの開いたガラス瓶が置かれ、瓶の中の小さな光がやさしく灯っている幻想的な風景



水が澄むということ

地球環境という言葉を聞くと、
多くの人は「守らなければ」「変えなければ」と考えるのかもしれません。

もちろん、今の地球にはいろいろな問題があります。
それでも私は、地球は今もとても美しい星だと感じています。

人の手があまり入っていない場所には、
豊かな水と緑があり、
風が抜け、光が差し込み、
水面は静かにきらめいています。



私たちのからだの中にも水がある。
呼吸があり、めぐりがあり、
光を受け取るような静かな感受性があります。

その水が澄んでいくとき、
人は少しやわらかくなり、
少し軽くなり、
本来の落ち着きや輝きを取り戻していく。

そしてその変化は、
一人の中だけで終わるものではなく、
まわりへ、空気へ、場へと広がっていきます。



紫の花が咲く湖畔と、澄んだ湖、水面に映るやわらかな空の色、遠くの山並みが広がる静かな風景



母なる地球の願い

私にとって「音叉で水を澄ませる」という言葉は、
特別な理念や理想として作ったものではありません。

花瓶の水が濁らない部屋。
挿した花に根が生えてくる景色。

そうした日常の小さな出来事の中で、
私は“水が澄んでいる”ということを見てきました。

そして、
澄んだ水に光が差し込む
未来の地球の景色が見えました。



私が音叉を鳴らすとき、
誰かの何かを直そうとか、
何かを足そうという感覚はありません。

何かが足りないわけではなく、
直さないといけないわけでもない。

ただ、水が澄んでいく。
そして本来の輝きが戻っていく。
その流れを、ともに体験しています。



マザーアースも喜んでるかなと思いながら、
音叉を鳴らす。

私たち一人ひとりの水が澄んでいくことが、
母なる地球の願いのように感じるから。



地球のために何か大きなことをしなければいけない、
ということではないのだと思います。

まずは、自分の水が澄むこと。
呼吸がやわらぎ、からだの中の緊張がほどけ、
本来の静けさが戻ってくること。

私たちに安心と静けさがひろがるとき、
地球の水や空気も、
静かに澄んでいくのかもしれません。



朝日の光が差し込む静かな湖に、まっすぐ伸びる木の桟橋と空を飛ぶ鳥たちが映える風景



音叉で水を澄ませる。
それは、私が思い出した未来の地球の景色から始まっています。

未来の地球を思い出した。
私の水の記憶。



▼ 関連ブログ

* 音で光を思い出す | 体の中の水の記憶が 静かに目を覚ます

* 音で水を澄ませる|気づいたら、世界が変わっていた



▼ 音叉ヒーリングセッションはこちら
音叉ヒーリング 対面・オンライン



― 音と光の癒し ―
音叉ヒーリング・音叉セラピー
京都・木津川市 ヒーリングサロン天音


?Gg[???ubN}[N??